「オープンオフィスの生産性について」のまとめになります。
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経営者、特に若いベンチャー企業の社長で多いのですが、目新しい施策に飛びつく光景をよく見かけます。
それが科学的(統計学的)に効果がある、と示されていなくとも、どこか著名な経営者や企業が取り組んでいる事例、友人の経営者が取り組んでいる施策等を実施したがります。
何故、そのような行動に出るのでしょうか?
一流のアスリート程、似非科学を取り入れやすい
非常に興味深い事例があります。
それは、一流のアスリート程、似非科学を取り入れやすい、という話です。
似非科学(えせかがく)とは、疑似科学(ぎじかがく)とも言い、科学的で事実に基づいていると主張しているにもかかわらず、科学的方法と相容れない言明・信念・行為のことです。
ようは、科学的に証明されていないにも関わらず、科学を装っているもの、が似非科学です。
上の記事では、一流のアスリートであっても、50%から80%の割合で代替医療を利用している、としています。
そして、その数字は一般人より多い、ということです。
(代替医療の例として、カッピング、カイロプラクティックの脊椎マニピュレーション、鼻ストリップ、ホログラムブレスレット、酸素ドリンク、レイキ(ヒーリングハンド)、クライオセラピー、キネシオロジーテープ(Kテープ)などがあげられています。)
代替医療は次の3つの特徴があるとしています。
- 強い主張と弱い根拠で販売されている。
- 「エネルギー」「代謝産物」「血流」などの科学的な響きを持つ言葉を使って、科学的な正当性を装っている。
- コントロールされていない、サンプル数が少ない、質の低い研究に基づいている。そのため、治療による実際の効果と、認識されているものや想像上のものとを区別することができない。
それでは何故、一流のアスリート程、似非科学を取り入れやすいのでしょうか?
研究者は、人間は「精神的な近道」を使い、迅速かつ不完全な解決を図るように進化してきたからだ、としています(これをヒューリスティックと言う)。
つまり、比較的少ない投資で大きな報酬が得られる(経済的ヒューリスティック)代替医療により恩恵が得られるならば、と贅沢なうたい文句の影響を受けやすくなっている、ということです。
ほんのわずかな成果の差が、勝敗をわける世界なので、当然と言えばそうなのでしょう。
(その他にも、純粋に経済的に厳しく、スポンサーの意向を汲まねばならない関係上、代替医療にも手を出しやすい構造があることが指摘されています。)
この構図は経営者にも当てはまるのでは?
そして上述の構造は、経営者にも当てはまるのではないか?と考えられます。
ベンチャー企業の場合、諸々のリソースが大企業に比べて非常に限られている場合がほとんどで、経営者の欲求として、「精神的な近道」を求めるのは自然な姿と言えます。
そのため科学的には方法論が確立されていない様々な施策に飛びつきがちになってしまうのではないでしょうか。
(OKR、1on1、オープンオフィス等々、色々と事例が挙げられます。)
代替医療の3つの特徴をもう一度見てみます(要約)。
- 強い主張と弱い根拠
- 科学的な響きを持つ言葉を使って、科学的な正当性を装っている
- コントロールされていない、サンプル数が少ない、質の低い研究に基づいている
どうでしょう?
著名な経営者や大企業が取り組んでいる様々な施策ですが、その根拠にまで当たって見ると、多くの事例がこの特徴に合致するのではないでしょうか?
少しでも高いパフォーマンスを、「精神的な近道」を、という気持ちは当然に理解できるものなのですが、それに飛びついた結果として待っているのは、リソースの浪費です。
結果を出すためにも、何か目新しい施策に取り組む前に、それがどのような根拠に基づいた施策なのか?それは科学的に効果が示されたものなのか?(経験則としても、長い蓄積がされたものなのか?)をきちんと検討するのが望ましいと言えるでしょう。
数多くの研究がオープンオフィスが生産性を下げる、という意見を支持しています。
その弊害は、集中力の低下、プライバシーの喪失、健康への悪影響、騒音への暴露、コミュニケーションの質の低下と多岐に渡ります。
しかし、どのような要因が生産性低下を招いているのか、推測しかされていませんでした。
オープンオフィスが生産性を下げる要因
オープンオフィスは、一般的に同僚間のコミュニケーションや交流を促進し、職場の満足度やチームワークの向上など、生産性を高める効果があると信じられています。
しかし、数多くの研究が、オープンオフィスが生産性を下げる、という意見を支持しています。
シドニー大学の研究チームは、カリフォルニア大学バークレー校の研究センターであるCenter for the Built Environment (CBE)が提供している居住者調査のデータベースに基づいて実証分析を行いました。
その結果が次のグラフです(オフィスについて、どのような点に不満があるのか?を示したグラフ)。
5色のグラフはそれぞれ次のことを表しています。
- Enclosed private:完全個室で従業員毎に部屋が与えられている
- Enclosed shared:完全個室だが従業員同士でシェアードする
- Cubicles with high partitions:高い仕切りがあるオフィス
- Cubicles with low partitions:低い仕切りがあるオフィス
- Open office with no/limited partitions:仕切りがないか限定的な、いわゆる「オープンオフィス」
結果は一目瞭然で、個室vsオープンオフィスという単純な構図で見た場合、オープンオフィスが勝てる要素がありません。
不満の要素としては「音のプライバシー(会議の声等がまわりに漏れる)」「視覚的なプライバシー」「騒音」が上位を占めています。
不満=生産性低下、という構図がきれいに成立するとは限りませんが、この要素を見る限り、一定の生産性低下効果があることは確実と言えるでしょう。
コラボレーション効果(交流のしやすさ)について
また、論文の中では、オープンオフィスにより生まれるコラボレーション(交流のしやすさ)が、この生産性低下分を補うのか否か?という話の中で、コラボレーションの効果を否定しています。
過去の研究では、複雑で重要なタスク程、オープンオフィスによる生産性低下の影響を受けやすい、ということも示されています。
どのようなタイプのオフィスであっても、「交流のしやすさ」を問題にしている労働者は少なかったことも指摘されています。
これは、「クローズドな環境が多いオフィスでは、話をするためのプライベートな場所を探すという、あまりにも一般的な課題が回避されるから。」とされています。
何が満足度に影響を与えるのか?
研究では、何が不満だったのか?という観点だけでなく、何が満足度に影響を与えているのか?という観点でも調査を行っています(回帰分析)。
結論としては、「ワークスペースの不足(もしくは広さ)」が大きく影響しているとのこと。
これらの結果を踏まえると、生産性の高いオフィスは「十分な広さがある個室」ということになります。
そしてそれは、多くの企業にとって、従業員全員に与えることが不可能と言えるでしょう。
この意味でも、改めてテレワークの有用性を見直すべきではないでしょうか。
日本では従来よりオープン形式のオフィスが主流で、近年では特にITベンチャー企業を中心に、デザイン性の高い、クリエイティブな空間を意識したオープンオフィスが流行しています。
しかしながら、オープンオフィスは、その生産性について多くのネガティブな研究が発表されているのが事実です。
ここでは、オープンオフィスの生産性について、実際の研究を元に解説していきます。
生産性については多数のネガティブな研究が報告されている
オープンオフィスは、その文字通りオープンに広がった環境によって、アイデアが生まれやすくなったり、仕事の効率、つまりは生産性が高まるというメリットが語られてきいました。
ここで、オープンオフィスの大本を辿ってみると、1950年代のドイツにさかのぼります。
元々の思想としては、集団のコミュニケーションを活発にし、チームワークを高める、つまりはチームビルディング効果を高める目的をかかげ、導入されました。
つまり、元々は生産性については語られておらず、その先進性だけが世界各国の企業に広まっていった、という点が、まずはの大前提です。
次にいくつかの研究を紹介します。
米ハーバード大学で行われた研究では、オープンオフィスでは、かえってコミュニケーションが減り、集合知も生まれにくくなることが示されました。
オープンオフィスとクローズオフィスで比較した結果、オープンオフィスではクローズオフィスに比べて、コミュニケーションの時間が約70%減少し、デジタル上でのやり取りが平均約40%増加しました。
併せて、生産性も低下した、とされています。
研究では、同じチームに所属していたメンバー同士では、直接のやりとりが増える傾向があったものの、大きな影響は無かったとのことです。
なお、性別とコミュニケーション量には相関関係がなかったとのことです。
別の研究では、オープンオフィスを採用した結果、従業員の集中力が低下し、生産性が15%低下したという結果がでています。
従業員が何かしらの病気にかかる頻度も2倍に増えたとのことです。
実際、対象となった職場では、時間内で業務を終えられず、自宅に持ち帰って仕事をする頻度が増えたとのことです。
こちらの研究でも、オープンオフィスで働く人と、クローズオフィスで働く人では、オープンオフィスで働く人の方が明確に生産性が低いことが示されています。
こういった結果は限られた研究が出したネガティブキャンペーンではなく、非常に多くの研究がオープンオフィスの生産性について、ネガティブな報告を出しています(① ② ③ ④)。
一応、オープンオフィスのメリットはある
それでは、本当にネガティブな効果だけなのでしょうか?
調査してみた結果、ポジティブな研究はありました。
しかしながら内容としては、運動量が増加する、というものでした。
オープンオフィスにした結果、運動量が増加するので、運動不足になりがちなオフィスワーカーにとって健康効果が増進し、運動不足に起因するストレスが低下するという報告が出ています。
確かにメリットといえばメリットなのですが、クリエイティブ、アイデア云々という点で期待していた点とは方向性が全く異なります。
オープンオフィスの何が良くないのか?
それでは、オープンオフィスの何が良くないのでしょうか?
それは、次の通りです。 一つ一つ見ていきます。
- 集中力の低下
- プライバシーの喪失
- 健康への悪影響
- 騒音による悪影響
- コミュニケーションの質の低下
¶ 集中力の低下
オープンオフィスがうまく行かない最も大きな原因と推測されるのが、集中力の低下です。
こちらの記事でも解説していますが、人間は「マルチタスク」を行うのには向いていません。
いったん集中が途切れた人は、元の集中した状態に戻るのに、約27分がかかるという報告があります。
また、こちらの記事でも簡単に触れていますが、人は記憶力を高めるのに、「関連付け」を行うと記憶効率があがることが伝統的に言われています。
オフィスにおいては、同じ場所にとどまり仕事をすることにより、多くの記憶を保ち、他の記憶との関連付けができるようになります。
人は自然と、記憶を周囲に存在する様々なものや場所と関連付けて、詳細にその記憶を保つ行為を行っています(これを「記憶の城」といいます)。
つまり、オープンオフィスでは、関連付けを行うにあたって、そもそもとして場所の範囲が広すぎて脳の処理能力を超えてしまうこと、また場所が頻繁に変わる場合には、場所との関連付けができないため、何かを思い出す際の障害になってしまうのです。
記憶の観点でも生産性低下につながってしまうのです。
筆者自身、自分のオフィスでは思い出せることが、外部のオフィス、特にオープンオフィスで働いているときは、失語症なんじゃないか?と自分自身で疑うくらいに、言いたいことが思い出せない現象を実感しています。
¶ プライバシーの喪失
心理学の観点では、人は適度なプライバシーが確保されているときに生産性が高まるとされています。
また、人は自分自身で物事をコントロールできない状態のときに、無力感が高まり、生産性が低下するとされています。
オープンオフィスでは、プライバシーの確保が困難であることに加え、オフィスのドアの開け閉めなど、そのプライバシーの選択権に関して存在しない状態に置かれます。
また、人によって適切と感じる照度(明るさ)や室温・湿度が異なります。
これをオフィス全体で一律に決められてしまうと、快適と思う人がいる一方、そうではないと感じる人も出てしまいます。
監視下に置かれないと、怠けてしまい、仕事に対する集中力が出ない人も、いるにはいると思うのですが、これはマネジメントの世界で解決すべき問題です。
心理学的に、プライバシーの喪失による悪影響は、決して無視すべきではないでしょう。
基本的には「監視されている」ような感覚は、人にストレスを与えるのです。
¶ 健康への悪影響
上述した通り、オープンオフィスは病気にかかる頻度が増えるという研究結果が出ています。
これも一つの研究ではなく、複数の研究が、病気による欠勤が増えたことを支持しています。
これは、一つ上で触れた、プライバシーの喪失のからくるストレスも原因であると共に、オープンな空間であること特有の問題もあります。
それは、オープンな空間はウイルスなどが拡散しやすいのです。
物理的に仕切りが無いため空気の流れを遮るものが無い点と、その空気を空調によって循環させてしまう、この2点により、オフィス内に人の健康に悪影響をおよぼすウイルスが存在した場合、このウイルスを広く拡散させてしまうのです。
日本人は、例え具合が悪くても、無理をして出勤することを良しとしてしまう文化がありますが、これは健康への悪影響を、拡大してしまうことを助長しています。
¶ 騒音による悪影響
まず、騒音と認知能力(脳の処理能力)との間には、負の相関関係があります。
つまり、オフィス内の騒音が、生産性をダイレクトに悪化させてしまうのです。
単純に生産性が低下するだけならまだ良いのですが(良くはない)、片頭痛や潰瘍のようなストレス性疾患を悪化させてしまうという報告もあります。
実際、いくつかの研究では、オープンオフィスで数時間騒音にさらされた結果、従業員のアドレナリンの水準が非常に高まった、という報告が出ています。
アドレナリンは「闘争」か「逃走」に関連するホルモンです。
つまり、オフィスの騒音は、従業員に、非常に高い、場合によっては恐怖にも近しいストレスを与えてしまう可能性が示唆されているのです。
また、騒音は、外交的な人より、内向的な人に、より強く影響を与えるという研究があります。
若者がどうこう、を語るつもりは一切ないのですが、ひと昔前に比べて現代の若者の内向性は高い傾向があります(これを悪いとは言っていないので留意)。
つまり、現代社会の若者と、騒音の影響を受けやすいオープンオフィスは、本質的には相性が悪いはずなのです。
せっかくのオープンオフィスで、ヘッドホンやイヤホンをつけて、自分の殻にこもる方を見かけるのも、この点が一因である可能性があります。
¶ コミュニケーションの質の低下
現代において、オープンオフィスが推奨される理由の一つとして、コミュニケーションにおよる、新しいアイデアの創発、クリエイティブな側面があげられています。
しかしながら、この点においてもネガティブな研究や意見が多くでています。
実際には、オープンオフィスで働いている人がアイデアを持ち寄ったり、ブレインストーミングによってクリエイティブな価値を発揮する、ということは、期待されていたほど多くないことがわかっています。
こちらの研究では、ブレインストーミングのような、アイデアを多数で持ち寄って何かを生み出すようなことが、クリエイティブな課題を解決するのに、役立っていないことが示されています。
ここでは、オープンオフィスの大本の考え方である、チームビルディング効果の方が支持されています。
また、オープンな環境であることが故に、周囲の耳を気にして、内容の薄い会話しかできない、という点も指摘されています。
例えば、家族の話題や、芸能人の話題など、仕事に関連しない内容であったり、仕事に関連する内容であっても当たり障りのない会話になってしまうのです。
ここまで見た通り、たとえオフィスの壁を取り払っても、従業員同士の距離は縮まらず、広いスペースに散らばってしまうだけなのです。
また、距離が近い場合でもヘッドフォン・イヤフォンをして自分の殻に閉じこもってしまうのです。
そして、可能な限り忙しいフリをして、仕事をしているアピールをするなり、邪魔をされないようにするなりしてしまうだけなのです。
では、どうすれば?
日本のオフィス面積はアメリカなどと比較して狭いので、現実的にはオープンな環境にならざるを得ないのが実態でしょう。
また、オフィス投資は多額のコストがかかるので、そうそう簡単には改修できない現実もあります。
日本の生産性は諸外国に比べて低いとされていますが、そもそもとして置かれている環境が生産性という観点で不利である、ことは指摘できるでしょう。
そのような中、目新しい取り組みをしている企業が存在します。
こちらの企業では、ベースはオープンオフィスなのですが、半個室のブースを用意し、集中して作業ができるエリアで働くこともできる、選択が可能な様式を採用しています。
上述の通り、選択は心理的安全性を高めるので、生産性向上に寄与することが想定できます。
パソコンのディスプレイにはる「プライバシーフィルム」などの採用や、「耳栓」の配布などもリーズナブルにできる対応でしょう。
ベンチャー企業においては、素直に個室があるコワーキングスペースを利用する、という選択肢も考えられます。
オープンオフィスの大本の考え方である、チームビルディング効果に振り切ってしまう、というのもポリシーとしては採用の価値があります。
オフィスは物理的かつ多額のお金がからむものであるため、簡単には対処できないことが多いですが、知恵を絞ればまだまだできることがあるはずです。