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IQが高すぎるとマネジメント上の問題が起きるかもしれない

一般的にIQは不完全なれど、期待できる仕事のパフォーマンスを予測する指標として、ビジネス研究の領域では使われています。
しかし、現実問題として頭が良すぎる人とは付き合い辛いと感じる人も多いのではないでしょうか。
ここでは、IQが高すぎるとマネジメント上の問題が起きるかもしれない、とする研究を紹介します。

IQとリーダーシップ評価の関係

カリフォルニア大学の研究チームは次のような調査を行いました。

https://psycnet.apa.org/doiLanding?doi=10.1037%2Fapl0000221
  • 各分野、30ヵ国の男女379人のビジネスリーダーを対象とした
  • ビジネスリーダー達はIQテストを受けた
  • ビジネスリーダーの同僚平均8人に、ビジネスリーダーに対するリーダーシップについて、そのスタイルと効果を評価してもらった

ようは、IQと周囲が感じるリーダーシップ評価の関係が調査されました。

その結果、IQの高さとリーダーシップ評価はある程度の相関性がありましたが、一定ラインを超えると評価が下がるU字関数を描くということが示されました。

つまり、高すぎるIQはリーダーシップを発揮する場面で有害になり得る、ということです。

そして、その高いIQのラインは120を超える所にあるとしています。

この研究の取り扱いについて

過去の研究で、IQの高いリーダーがいる組織は、全体のパフォーマンスも高い傾向が示されていました。
また併せて、IQの高いリーダーによるリーダーシップ上の弊害についても示唆するものが存在しました。

上述の研究は、これらの傾向や示唆を確認するものです。

では組織は、IQの高すぎる人をリーダーとして雇ってはいけないのでしょうか?

それは完全なミスリードです。

重要なポイントは、IQの高いリーダーのどのような行動が、周囲の人たちからの評価を下げているのか?を理解する点にあると考えられます。

IQの高いリーダーの言葉は、ゴールにダイレクトすぎて言葉足らずになっているのかもしれませんし、頭が良すぎるが故に実効策が複雑すぎるのかもしれません。
シンプルに、違う人間だ、と思われて共感されていない可能性もあります。

このような、何かしらの分断を起こしている要因(そしてそれは一人一人異なるはず)を探り、改善のためのPDCAを回していくのが良いのでしょう。

なお、研究者は、「リーダーは自身の知性を使い、人を説得したり、インスピレーションを与えたりする言葉を紡いだ方が良い。」「自身の知性を適切にアピールしつつ、人々とつながりを持てる唯一の方法として、カリスマをまとうことが考えられる。」としています。

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経験値が豊富である程、他人の痛みに鈍感になるかもしれない

誰か他人が痛いと感じている時、例えば注射をされているような場面の時、あたかも自分自身が注射をされているかのように痛みを「共感」することはありませんか?
人には、他人の痛みを「共感」する機能が備わっています。
しかし、経験値が豊富である程、他人の痛みに鈍感になっていく可能性があります。

痛みを感じていないと“思っている”時、「共感」が下がる

カリフォルニア大学の研究チームは、被験者に鎮痛剤の偽薬(プラセボ鎮痛剤)を与えた状態で、自分自身が痛みを感じた前提で、他人の痛みを評価する実験を行いました。

https://www.pnas.org/content/112/41/E5638

被験者は、プラセボ鎮痛剤を投与された後、電気ショックによる刺激が与えられ、痛みの度合いがMRIにより評価されました。
その後、他人が痛みを感じる場面を見せられ、痛みへの「共感」度合を同じくMRIにより評価されました。

その結果、プラセボ鎮痛剤でも、自分自身が感じる痛みの度合いは減少すると共に、他人の痛みへの「共感」も減少することが示されました。
(プラセボ鎮痛剤により、自分自身が感じる痛みが減ることは、従来からわかっており、この研究では「共感」にもプラセボ鎮痛剤が影響を与えるか否かが調査された。)

続いて、“鎮痛剤の効果を打ち消すとされる本物の薬”が投与され、同様の実験が行われました。

その結果、プラセボ鎮痛剤の効果が逆転し、他人の痛みへの「共感」が元に戻ることが示されました。

つまり、自分自身が感じていると“思っている”痛みの度合いと、他人の痛みへの「共感」は関連性が高いと考えられるのです。

(人は、他人の感情を、自分自身の脳の中でシミュレートすることによって「共感」することができる。実際、痛みを感じる脳領域が病気や怪我等で損傷をしている方は、他人の痛みへの「共感」度合が低いことがわかっている。つまり、社会において、何かしらの断絶が起こっている場合、相手方、もしくは自分達側が痛みに対して鈍感になっている可能性が考えられる。)

公平か否かも「共感」に影響する

もう一つ、ロンドン大学の研究チームが行った別の実験も紹介します。

https://www.nature.com/articles/nature04271

この実験は、いわゆる「順序型囚人のジレンマ」です。

2人一組でペアとなり、お金を渡すか渡さないかを相互に決める実験が行われました。

1人目が本物の被験者で、まず相手方にお金を渡すか渡さないかを決めます。
2人目が“サクラ”で、本物の被験者が渡したより少ないお金を返す役割が与えられています。

この“サクラ”は2パターン、設定がされました。
具体的には、①お金を返す役割、②全くお金を返さない役割、です。

①は公平グループ、②は不公平グループ、という設定ということですね。

その後、場面を移して、2人目の“サクラ”に電気刺激を与え、その痛みを感じている様子を1人目の本物の被験者が見て、痛みへ「共感」度合がMRIにより評価されました。

その結果、①の公平グループでは、“サクラ”に対して「共感」していたのに対して、②の不公平グループでは「共感」度合が大きく減少していたのです。
(なお、女性の方が、相手が不公平であっても、多少は痛みに対して「共感」していた。)
また、他人への懲罰感情と関連する脳領域が活性化していたことも示されました。

不公平な相手に対しては、別の感情も入り、痛みへの「共感」が減少する、ということですね。

経験値が豊富である程、他人の痛みに鈍感になるかもしれない

これらの研究を通して考えたのが、タイトルのとおりのことです。

ビジネス経験が豊富で、実績を出しているほど、これまで受けて、そして乗り越えてきた痛みの数と量、質は非常に多いはずです。
また、乗り越えてきた分、これまで受けてきた痛みレベルだと「へっちゃら」になっていくものです。

そして、人は「自分ができたんだから、これくらいできるでしょ?」と他人に要求しがちです。
(酷い場合には、無意識的に「自分が味わってきた苦労を、お前も味わえ。」と復讐感情を何故か部下に向ける人もいる。)

つまり、「経験値が豊富である程、他人の痛みに鈍感になる」可能性がある、ということです。
(もしかしたら“サイコパス”は後天的でも生まれるかもしれない。)

これは、リーダーシップ上の問題があります。

基本的に人は、自分に「共感」してくれる人のことを好む傾向があります。
仮に上司が自分に「共感」せず、「この程度のこと、大したことないよ、何言ってんの」と対応してきたら、どう感じるでしょう?
長期的目線で考えた時、マネジメントが崩壊していく姿が容易に想像できるはずです。

上に立つ人は、この「痛み」と「共感」の話について理解しておく方が安全だ、ということを認識しておくと良いでしょう。

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部下に対する最適なフィードバックの方法は何か?

“フィードバック”の重要性は、特に近年強調して語られています。
その中で、多くの管理職経験者が、様々に“成功体験”を語り、フィードバック方法についてその知見が発信されていますが、科学的な調査は少数でした。
そのような中、最適なフィードバック方法について探る、興味深い研究があります。

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0234444

効果的なフィードバック方法を探る3つの研究

研究では3つの調査が行われました。

①実際の経験をベースにしたフィードバックに対する印象の調査

1つ目の研究は、数百人の管理職を対象としたグローバルな調査です。

フィードバックを与えた場合と受けた場合に、そして肯定的なフィードバックを受けた場合と否定的なものを受けた場合の4事象で、それらの印象が調査されました。

結果、フィードバックを与えた場合は、良いパフォーマンスであれ、悪いパフォーマンスであれ、相手の能力や努力に起因する、と捉える傾向がありました。
一方、否定的なフィードバックを受けた場合は、ミッションの困難性の問題であったり、自分ではコントロールできない運の要素をあげたり、と自分以外の要素にその原因があるとする傾向がありました。

つまり、都合の悪い、耳に痛いフィードバックについては正確性に欠ける、信頼できないものと判断する傾向があるのです。

②ロールプレイによる効果的なフィードバック方法を探る調査

2つめの研究は、ロールプレイによる調査です。

ここでの調査の目的は「双方向のコミュニケーションは、過去の状況について当事者同士で共有する事により、適切な行動変容につながる。」という仮説を調べるものです。

参加者は、上司と部下にわかれ、部下に関する人事情報が共有された前提で、フィードバック会議を行いました。

結果、フィードバック会議は、良いパフォーマンスについても悪いパフォーマンスについても、どちらについても合意形成が図れず、些細な意見の相違が大きなものになってしまうことになりました。
部下は、成功の要因は個人に起因するものであり、失敗の要因は外的なものであると、以前よりも強固に感じるようになりました。
(肯定的なフィードバックは受け入れやすい傾向であること、ネガティブな過去について双方がしっかりと合意している前提ではフィードバックを受け入れやすい傾向であることは、研究の中で示されています。)

一方、この研究の中で、一つの知見も得られています。

それは、フィードバックを正当でかつ有用であると受け入れるかどうかキーは未来志向にある、という点です。
将来の成功のために、どれだけ新しいアイデアを生み出せるか、というような未来に焦点をあてた会話が起きた場合に、向上心を高める効果が見られました。

③「未来志向」を前提としたロールプレイでの再現調査

3つめの研究では、②の研究の知見を踏まえ、未来志向にフォーカスして強調したものが設計されました。
具体的にはフィードバックのガイドラインとして、評価ではなく、育成であることを強調したものが用意され、その前提で②と同様の調査が行われました。

結果として、ネガティブな評価については、やはりフィードバックを受け入れづらいという傾向に変わりはないものの、未来志向に対する評価が高い場合においては、フィードバックを受け入れやすくなる傾向が示されました。

つまり、②の知見は、程度の問題はあれど、一定の正しさがあることが示されたのです。

フィードバックにおける具体的な指針

こうなると、これまで言われていたような「肯定的なフィードバックを混ぜて、否定的なフィードバックにより受けるダメージを緩和する」というような話や、「具体例を示して、改善のための有益な情報を提供する。」というような方法は、効果が疑わしいということがわかります。

そのため、受け入れられるフィードバックをするために重要な点が次のとおり指摘されています。

  • 未来に向けて物事を改善する、という目標を示す
  • 何を期待しているのかの理想を明示する
  • 過去の肯定的な事象は素直に褒め、否定的な事象については端的に事実のみを示し、原因の議論や詳細な説明は行わない
  • 相手(部下)には、改善を行うためのモチベーションも能力もあると仮定する
  • 次に何をすべきか?について議論をする
  • 一緒に解決策を考えましょう、と寄り添う姿勢を見せる

徹底した未来志向のガイドラインですが、非常に参考になるのではないでしょうか。

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はじめてマネジメント職につく新任マネージャーにつける部下の最適人数は?

文字通りはじめてマネジメント職につく新任マネージャーを任命する場合、どれだけの部下をつけるのが最適でしょうか?
はじめてのマネジメント職だから、1人でしょうか?
実は、これは失敗のリスクを高めます。
最適な人数は3,4人です。

はじめてだからと言い、部下1人で起きること

新任マネージャーにつける部下の人数が1人の場合、失敗のリスクが高まるのですが、その理由は端的に言うと「部下ガチャ」の影響を大きくうけるからです。

はじめてだからと言い、部下1人とすると次のようなことが起きます。

  • 上司の諸々の情報源や判断、そしてそれらからアウトプットされる成果が部下1人の影響を大きく受ける(部下のあげる現場情報が1人、つまりn=1であり、偏ったものになる。部下の報告が正しいかどうかの検証が困難になるし、悪い情報等もキャッチできる可能性が大きく下がる。)
  • 部下1人に依存している状況だと、その部下に対して適切なフィードバック、特にネガティブなフィードバックができなくなる可能性が高まる
  • 部下の人数が少ないが故にマイクロマネジメントに陥る可能性が高まる
  • 部下は「同僚」がいないが故に孤立しがちになる
  • 仮に部下が退職した場合にチームを失うことになる

つまり、経験の浅い新任マネージャーに対して、マネジメントの練習だと言って1人だけ部下をつけるのは却ってリスクを高めるのです。

新任マネージャーに部下をつける際の注意事項

それでは、組織や人事部門はどのようにすれば良いでしょうか?
2つのポイントがあります。

部下1人は避ける

まず、新任のマネージャーに対して、部下は複数人つけるようにしましょう。
具体的には3,4人です。

いわゆる“スパン・オブ・コントロール”、マネジメントの質を保てる限界ラインが約7人前後と言われていますが、その意味で中間の3,4人は丁度よい塩梅です。

どうしてもつけられる部下の人数が限られている場合には、極力早期に改善できるよう、人の手配を行いましょう。

新任マネージャーの専門性の確認

次に、新任マネージャーがそのドメイン領域において、一定の専門性を有しているかどうかは判断した上での任命としましょう。

その領域の専門家であれば、部下の人数が仮に少なかったとしても、その報告の検証は可能になってくるはずです。

マネージャーも部下も、そのドメイン領域において専門性が無い、というシチュエーションは極めて失敗のリスクが高まります。


理想としては、新任マネージャーに対しては3,4人の部下をつけた上で、いずれも一定の専門性を有する状態、と言えます。

現場現実のビジネスで、この理想状態を最初から実現するのは困難かもしれません。

しかし、経営や人事部門は、このような理想状態に近づけるための組織作りを行うべきですし、それが重要なミッションの一つと言えるでしょう。

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「エア権限」のすすめ~2つ上の役職の立場で考えてみる~

色々と意識高い感じの本や記事で「2つ上の役職の立場で考えてみる」というアドバイスが書かれていたりします。
これは、まあその通りだと思うのですが、じゃあ具体的にどうすれば良いの?というのは疑問に思うはず。
ここでは「エア権限」という考えで、このアドバイスを実行する方法を書いていきます。

2つ上の役職の立場で考えてみる

言うは易し系の話で、「2つ上の役職の立場で考えてみる」というアドバイスは、まあされるものです。

平社員なら係長の立場になって、係長なら部長の立場になって、物事を考えてみる、ということですね。

2つ上の立場になって考えるには、知識が多くあり、視野も広く無ければいけません。
自分自身がカバーしている領域だけの思考ではなく、自分以外の誰かや、他の部署との関係性、顧客が求める事、社会の中での会社の立ち位置等々に思考を巡らせる必要があります。

全体を見渡して物事を考える、ということですね。

この話、全くもって有用な話であり、これを実践すると良いよ、とは思うのですが、いざ取り組もうとしても難しいものです。
曖昧性が高い話だからです。

そこで出てくるのが「エア権限」という方法です。

エア権限、とは

エア権限とは、仮にあなたが役職者になったと仮定して、つまり権限があるものと仮定して意思決定をしてみる、というものです。

例えば何か意思決定が下される会議があったとします。

これまでは、自分の担当外のことに関して、ボーっと話を聞いて時間が過ぎるのを待っていたかもしれません。
しかし、これではもったいないです。

ここで、起案者の話をじっくり聞き、自分なりに決断、意思決定を下してみるのです。

これは、意思決定をする、という思考習慣を身に着けるトレーニングにもなりますし、実際に2つ上の役職の立場の方が下した結論と比較することにより、一定、その思考回路をトレースすることにもつながります。
さらには、会社全体のことに詳しくなるので、仮に本当に昇進できた際、持っている情報が多い状態でスタートできます。

これは、別に会議に限らずで、例えばSlack等のチャットツールで流れている各種相談ごとや質問事項に対しても使えます。

自分の担当範囲外の話でも、内容を呼んで、自分なりに調べてみて、間違っても良いから何かしらの結論を出してみるのです。

そして実際に担当者や権限者が出した回答を見て、比較して見ると、結論の精度があがっていきます。
わからないことがあれば、質問をしてみるのも、当然に良いでしょう。


この方法はシンプルですが仕事を楽しくする効能もあります。

単純にこの方法を日々繰り返していれば、仕事の能力も上がっていきますし、役職者になりきって仮でも決断を下してみるのは存外に楽しいものです(責任も無いですし、間違っていたとして誰かに問い詰められることも無いですよ)。
脳のリソースという対価は支払う必要があるものの、それ以外のデメリットは何もありません。

面白いと思ったら、是非試してみて下さい。
大体、全ての役職において有用で、おすすめですよ。

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むしろ「良いストレス」がある~ストレスに対する誤解~

ストレスという言葉から、ポジティブなイメージを抱く人は少ないのでは無いでしょうか?
辛い思いをし、心身に負担をかける悪いもの。
そのようなイメージが一般的かと思います。
ここでは、むしろ「良いストレス」があるよ、という点について書いていきます。

ストレス、という言葉の定義

まず最初に、ストレスに対する誤解、と言いますか、混乱について書かないといけません。

ストレスという言葉は、2つの違った意味で使われています。

  1. (原因)あの上司がストレスだ、仕事が多くストレスになる、クレーム対応でストレスがたまる
  2. (結果)ストレスで胃が痛い、ストレスでイライラする、ストレスでやる気が起きない

この通り、原因と結果の2つの使われ方が混在しています。

この状況を心理学的に正しく表現するならば、次の2つにわけて考えなければいけません。

  • ストレスの原因となるストレッサー
  • ストレッサーの結果として生じる精神的・肉体的な障害であるストレス反応

そして、ストレッサーの存在によりストレスが蓄積した結果でるストレス反応のことを、より一般的には心身症といいます。

心身症では次のような障害が発生します。

心に表れるストレス反応

  • 疲労
  • 倦怠感
  • イライラ
  • 攻撃性
  • 混乱
  • 健忘
  • 乱雑
  • 他者の忌避
  • 自信喪失
  • 無反応
  • 極度なこだわり
  • 酒乱

身体に表れるストレス反応

  • 頭痛
  • めまい
  • 高血圧
  • 腰痛
  • 関節痛
  • 呼吸器障害
  • 消化器生涯
  • 発疹
  • 目の充血
  • 耳鳴り
  • 睡眠障害

ようは、ストレス反応が過度に出ないように、原因であるストレッサーの存在を調節していきましょう、という考え方が重要なのです。

悪いストレス

ここまで見た時に、ストレス反応(心身症)が問題なのではなく、ストレッサーが問題だ、というのはわかったかと思います。

ここで注意しなければいけないのが今回の本題、ストレスの良い悪いの話です。

まず悪いストレスの話です。

悪いストレスとは、簡単に言ってしまえば、意味のない不必要なストレッサーのことです。

具体的には下記の4点です。

  • 非合理的、公正でない上司や経営陣の存在
  • 明らかに身体や精神に害をおよぼす危険性の高い状況
  • 一般的な社会常識を超越した不当な他者からの過剰な要求
  • 目的がすでに不明な、ただ慣習として続いている業務やビジネス習慣

これは明らかに、取り除かなければいけないストレッサーです。
無駄の塊、無意味極まりないものです。

放置すれば、従業員が心身症を発症し、果てはうつ状態(適応障害)になり、労務管理上の障害につながります。
従業員にとっても、会社にとっても、良く無い状況になるわけです。

なお、これら悪いストレスのストレッサーは個人で解決できないものも多く、もしこれが自社内に存在するというのならば、経営者や経営幹部は積極的に取り除いていかなければなりません。

一般的には、上記の意味のない不必要なストレッサーを放置している企業をブラック企業と言うのでしょうね。

良いストレス

それでは良いストレスとは何でしょうか?

良いストレス

それは、何とか乗り越えた先に、自分自身を含め、会社組織の成長・成功など、ポジティブな状況が待っているものです。

具体的には下記の4点です。

  • 成長につながるもの
  • 成果や業績につながるもの
  • 他者や社会への貢献につながるもの
  • 新たな価値創出につながる課題の解決

こういった負荷は必要な負荷です。
ストレス反応(心身症)の原因になるから、負荷を減らそうなんて話をしたら、この競争社会では生きていけません。
会社がつぶれてしまい、守るべき従業員を守ることもできません。

負荷のライン

もちろん負荷の程度の問題はあります。

ある従業員が耐えられる100%程度の負荷ならば許容すべきでしょう。
本人の適性を見極めて、何とか乗り越えられるというならば120%の負荷もストレッチ目標として考えられます。

しかし、いきなり150%とか200%の負荷が来たら、そりゃあ簡単につぶれてしまいます。
必要な負荷であっても、このような過度な負荷は「悪いストレス」と考えた方が良いです。

経営者や上司は、従業員や部下がどこまでだったら大丈夫なのか?というラインを見極める必要があるわけです。

見極めの目安

実はここがメインテーマです。

ストレス反応(心身症)は次の4つのステージで来ると言われています。

  1. 疲労感:ゆっくり休んでも疲れが取れない
  2. 攻撃性:ちょっとしたことですぐ怒る
  3. 緊張感:パニック状態になり頭の中が真っ白になる
  4. 憂鬱感:自己否定、自信喪失、他者の忌避

これを見ればわかると思うのですが、ビジネスをしていれば、疲労感位は当たり前にあります。
つまり、第1段階の「疲労感」は、ぶっちゃけスルーして問題ありません。
あって当然のストレス反応だからです。

上司は対象者をウォッチしていれば問題ないでしょう。

問題なのは第2段階からです。

ここからは明確に業務の効率が低下していきますし、周囲への悪影響も出てきます。
対処の重要性や必要性が劇的に上がってくるので、これを一つの目安に考えれば良いでしょう。

第2段階に移行しそうな兆しが見えてきたら、業務調整や1on1での重点ケアなどを入れていく形です。


以上、ストレスの誤解に関して、「良いストレス」の存在と、ラインの見極めについて解説していきました。

経営者や上司は、メンタルヘルスの専門家では当然にありません。
ですので、上記の内容を知っていても、必ずしも適切に対処できるとは限りません。

しかし、上記内容を知っているだけで、対象者がどのような状態にあるのか?の指針になり、問題解決の一助になると言えるでしょう。

別の機会で、ストレッサーへの対処の考え方について、書いていきたいと思います。

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何人の部下を見れますか?~リモートワーク時代のスパン・オブ・コントロール~

リモートワークが普及し、フル・リモートの形態、ハイブリッド型の運用、様々な試みが各社でされています。
ここで疑問に思うのが、このリモートワーク時代、どれだけの人数の部下をマネジメントできるのであろうか?という点です。
スパン・オブ・コントロールの考え方を前提に、考察していきます。

スパン・オブ・コントロールとは

まず、スパン・オブ・コントロールについてです。

スパン・オブ・コントロールとは、「コントロールできる範囲」という意味で、一人の管理監督者、つまりマネージャーが、現実的にマネジメント可能な部下の人数を示した一つの考え方です。

そして、このスパン・オブ・コントロールの考え方においては、部下の人数は3人~5人、多くても7人~10人が限界だ、とされています。

なお、この考え方は諸説があると共に、そもそもとして科学的なものというよりかは経験則的なものとなっております。
そのため、業種業界や、上司や部下のマインド感・リテラシー水準等々により大きく変動することは指摘しておきます。

さて、この通り経験則であるとはいえ、マネージャーがマネジメント可能な部下の人数に限度があるために、組織階層というものが存在します。

例えば、スパン・オブ・コントロールを意識した伝統的な1-3-9モデルですと、下記のような組織構造となり、マネージャーの部下の人数は12人、直接の管理下にあるのは3人、となります。

理論的にはマネジメント可能な人数は増えるはず

上記、スパン・オブ・コントロールを前提に、リモートワーク時代のマネジメント可能な部下の人数について考えていきます。

まず言えることは、理論的にはマネジメント可能範囲は増えるはず、という事です。

伝統的なスパン・オブ・コントロールの考え方では、マネージャーが直接部下を見て、ヒアリング等し、また各種アナログなツールを使ってマネジメントを行うことが前提となっています。

しかし現代には、下記のようなチーム運営を補助する便利で安価なクラウドツールが多数存在します。
いわゆる、バーチャル・ワークサイトを簡単に構築できるわけですね。

  • チャットツール,社内SNS(Slack、Chatwlokなど)
  • カレンダー(Googleカレンダーなど)
  • ドキュメント共有(Gsuite、Dropboxなど)
  • プロジェクト管理(Trello、Backlogなど)
  • オンライン会議(Zoom、Meetなど)

これらのツールを活用することにより、マネジメントの生産性は劇的に向上させることができ、
そのため、理論的には一人のマネージャーのマネジメント可能範囲は増えるはずなのです。

しかし、この考え方は、一つ見ていない点が存在します。

人はそんなに簡単に強くなれますか?

オフィスに出社してマネジメントをしている時は、部下の表情や顔色、ちょっとした言動を側で見聞きすることができるため、部下の異変にすぐ気が付くことが容易です。
声をかけて、雑談等を交えつつ、調子を確認することもできます。

部下の方も、何か困ったこと、わからないことがあれば、(比較的)気軽に声をかけ、質問をすることができます。

リモートワークでは、前提として一人での業務進行となるため、上記のことが気軽にはできなくなります。
(もちろん、Zoomを常時接続にしておく、とか、Slack等で雑談を活発にするとか、工夫はできるが。)

人の心や考え方は、そんなに簡単に強くはできません。

ある時気が付いたら、部下が仕事の悩みを蓄積させ、不満が爆発寸前だった、ということもあり得ます。
もしかしたら、適応障害やうつを必死で隠して、我慢しているかもしれません。

このような予兆を、リモートワークだと察知し辛いのは、否定できないでしょう。
(繰り返しますが、もちろん察知をしやすい環境を構築するよう、工夫はできます。)

私はリモートワーク時代では、会社や上司毎に、マネジメントの格差が拡がるのでは、と考えています。

ツールの導入状況や、会社の姿勢、上司の力量等々の要因により、
マネジメント可能範囲が劇的に広がる所も出てくれば、却って狭くなってしまうケースが出てくるように思います。


まとめますと、リモートワーク時代において、スパン・オブ・コントロールが広がるか狭くなるかは「わからない」になります。

ただ、課題は部下のケアに絞られることになります。

  • 毎日、時間を決めてチーム・メンバー全員でショート・ミーティングをする(朝礼など)
  • チャットツール上で雑談チャンネルを設定し、ものすごく下らない話題も歓迎する
  • 困っていることリストや相談チャンネルを設定し、不明点を気軽に投稿できる場所を用意する
  • 1on1の実施を定期的に行う
  • 定期的に集まる日を設ける

こういった工夫を行うことにより、スパン・オブ・コントロールを広げられると考えられます。

(なお、雑談により産まれる偶然のアイデア創発なども、課題の一つです。これも、上記工夫により一定対応できる可能性があります。)

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【部下のマネジメントと一緒】休業要請に応じないパチンコ店の店名公表は逆効果

非常に多くのリアル店舗が営業自粛や短縮営業などに協力している一方、一部の「遊技場」、つまりパチンコ店は休業要請に応じていません。
そのような中、各自治体は店名の公表という「晒し」による処罰に動いています。
しかし、これは逆効果です。
ビジネスにおける部下のマネジメントと一緒です。

忙しい人向けまとめ

  • 処罰の公表は、状況の改善につながらず、かえって事態を悪化させるリスクがある
  • 一言で表現するならば「逆効果」
  • 制裁感情・処罰感情を満足させるだけのことにどれだけの意味があるのか
  • 人はロジックではなく感情で動いているが故に、自分はロジックで動かなければならない。

店名の公表は逆効果

パチンコ店というものは、比較的大多数の国民から、悪感情をもたれている業種です。
その影響もあるのか、昨今の状況を踏まえた休業要請に応じないことに対して、極めて強い意見があちらこちらから出ています。

各自治体では、休業要請に応じない店舗について、店名の公表を実施、もしくは公表の検討を行っています。

しかし、これは逆効果です。

この表の通り、「やりたい層」にとって、店名の公表は、むしろ「営業している店舗がわかりやすいので嬉しい」という状態です。
店舗にとっても集客効果はあるので、改善は難しいでしょう。
(公表をうけての更なる休業要請で、ようやく休業に応じた店舗もあるようですが。店舗と現場担当者間での交渉の結果として、更に休業に応じる店舗が増えれば良いですが。)

「やりたくない層」にとっての処罰感情の充足のみが図れるだけになるのではないでしょうか。
また、「やりたい層」にとってみれば、自分たちがただ遊びたいだけなのに、何でこんなに一方的に叩かれなければいけないのか、と思うはずです。
世の中の反発をうけて、かえってアウトロー精神を醸成させてしまうリスクがあります。

また、一定の偏見を込みで書くのならば、「やりたい層」は衛生リテラシーも低いと推測されるため、仮に3密と言われる遊技場空間を閉鎖したとして、どこまで感染拡大の防止につながるのかが疑問です。

部下のマネジメントと一緒

この話は、ビジネスの現場における部下のマネジメントと一緒です。
社員が何か失態をし、それに対して会社として処罰をしなければいけない、という状況を想定します。
失態をした社員が、素行不良社員の場合と、普段は問題がない優良社員の場合で考えます。

処罰対象が素行不良社員の場合

この表の通り、素行不良社員にとって、処罰の公表は、反発心を抱かせるだけで、かえって素行が悪化するリスクが高まります。
普段から迷惑をうけていた周囲の社員の処罰感情を充足させるだけで、上述の状況と一緒です。

むしろ、処罰を内々に収めて、素行不良社員からの信頼を得る方が、後々のマネジメントのやりやすさにつながる可能性があります。
この場合は、周囲の社員の処罰感情が充足されませんので、個別にケアが必要でしょう。

処罰対象が優良社員の場合

この表の通り、優良社員にとって、処罰の公表は、恨みの蓄積につながります。
表面上は事態は収まるでしょう。
普段から優良なので、叱責は素直に受け入れ、行動も改善するでしょう。
しかし、組織に対する安心感は低下するので、将来的な離反リスクを高める結果につながります。

周囲の社員にとっても、普段から真面目に働いていても、何かあったら「晒される」となると、委縮してしまうでしょう。
組織にとって、マイナスの結果につながります。

この場合は公表をせず、内々に収める方が良く、優良社員からの信頼を勝ち得る可能性が高いと考えられます。

まとめ

国でも会社でも、処罰というものは必要でしょう。
罰なしに行動を改善できる人たちばかりではありません。

しかし、そのやり方次第では、表面上問題が無くなったように見えるだけで、事態を悪化させるだけという結果につながるリスクがあるのです。

特に処罰の公表はマイナス影響があることは理解すべきです。
普段、「人はロジックではなく感情で動いている。」と言う方々が、この種の話題になると突然、感情で行動・発言してしまう様子を散見し、首をかしげている次第です。

今回の状況に関して言うならば、短期の改善は難しく、そこにあてるリソースはコスパが悪いので、長期的視座に立って法改正のための働きかけを国民側からする方が良いと考えられます。
業態としては急激な縮小が進んでいることもあるので、素直に放置するという選択肢もありえます。

「人はロジックではなく感情で動いているが故に、自分はロジックで動かなければならない。」
考えるようにしましょう。

(追記)残念ながら予想通り

残念ながら予想通り、蓋を開けてみれば大行列という結果になってしまいました。
「何を目的に、対策を実施するのか?」
これを見失ってしまうと、このような結果になってしまうのです。
国民全体での盛大なスルー、話題にも一切上げない。
これが最適解のはずなのですが。

堺市内の店舗では開店1時間前の午前9時過ぎには整理券を受け取るために約150人の客が並び、従業員が間隔を空けるよう呼び掛けた。駐車場には神戸や和歌山など府外ナンバーの車も見られ、開店時には列は約300人に達した。

60代の男性は「毎日の習慣なので今日も来た。普段より並んでいる客が多いような気がする」と周りを見回した。

毎日新聞 店名公表パチンコ店、堺では300人行列 住民「ウイルス持ち込むかも、怖い」

(追記2)最終的に法改正にまで持っていくのが良いか?

その後、改めて考えた時に、目標設定の置き場所を変えた方が良い、と感じました。

ようは、「目の前、今の状況のパチンコ店の開店をどうにかしよう」、という話ではなく、「今後同様の事態が発生した時に、速やかに強制措置がとれるようにしておこう」という目標設定です。

西村経済再生担当大臣は27日の記者会見で、以下のように述べたとのことです。

西村経済再生担当大臣は記者会見で、「特別措置法45条に基づく『要請』にも応じない場合には今後、「指示」という、より強い措置も考えられ、すでに16の自治体から相談を受けている」と述べました。
そのうえで、「『指示』にも従わない施設が多数発生する場合は、罰則や強制力を伴う仕組みの導入に向けた法整備を検討せざるを得なくなる。
(略)」と述べました。

NHK パチンコ店「罰則や強制力伴う法整備 検討も」西村経済再生相 2020年4月27日

要請をだす ⇒ 応じない ⇒ 指示をだす(が、出すだけにとどめる) ⇒ 応じない ⇒ じゃあ、法改正しかないね!
戦術目標の達成ではなく、戦略目標として、法改正を念頭においているのならば、まあ有りなのかな、とは考えられます。

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議論の質を高める反論のカルチャー~デビルズアドボケイトとシックスハット法~

会議をしていて誰も意見を述べない会議や、けんか腰の会議、誰かを「詰める」ためだけの会議を経験したことはありませんか?
反論は議論の質を高めるのに、有効活用されず、時間を浪費するだけのものになっている、そんな状況を多々見受けます。
今回は、反論を有効活用し、議論の質を高めるための方法について考えていきます。

忙しい人向けまとめ

  • 議論、特に人と異なる意見、つまりは反論を述べることを苦手とする人は多い
  • 一人の人間の思考には限界があるため、反論は議論の質を高めて、高いレベルでの思考を可能にする
  • 会議においてファシリテーターは出席者に反論を促すと良い
  • デビルズアドボケイトという「あえての反論」で、賛成の立場であったとしても反論を義務付ける方法がある
  • シックスハット法で会議の出席者に役割を与えると、差し障りなく反論する環境を作ることができる
  • 反論がカルチャー化すると、会社を自走組織に変革することができ、強い組織になる

反論に対するネガティブなイメージ

議論、特に人と異なる意見を述べることを苦手とする日本人は非常に多いです。

学校教育、というものが反論を苦手とする人を量産する環境になっていることもあります。
社会に出て会議の場で、声の大きい人だけがしゃべり、場合によっては詰められ、社会人としての入り口で苦手意識を持ってしまう人もいます。
否定的な意見ばかりを述べる人をみて不快感を感じることも珍しくなく、反論そのものに対してネガティブなイメージも抱かれがちです。
意見を述べられること自体を、人格否定と捉えてしまう心理的傾向もあります。

ようは、議論というものを「過激な議論」というイメージを抱いており、生産的な未来志向の「穏健な議論」を描けていないのです。

反論は議論の質を高める

一人の人間が得られる情報や持っている知識、できる経験には限りがあります。
人間はバイアスにも縛られている生き物です。
どんなに賢い人でも、その意見が正しいとは限りません。

そのため、積んできたキャリア、それぞれの専門性、担当している業務など、異なる立場の人たち同士で意見をぶつけあうことによい、議論の質を上げ、高いレベルの思考ができるようになります。
反論はクリエイティブなプロセスであるため、有効活用した方が良い
のです。

ただ、上述のように、反論に対してネガティブなイメージを抱いている人は非常に多くいます。
では、どのようにすれば、反論を有効活用し、議論の質を高めることができるようになるでしょうか?

反論の有効活用方法

ファシリテーターとして、反論を促す

繰り返しますが、人の意見に反論をするのは勇気がいるものです。
そこで、会議をはじめとした議論の場そのものを反論しやすいものにする環境づくりが重要です。

ファシリテーターは、反論をしやすいように、会議の出席者に反論を促しましょう。
次のように促されれば、出席者は反対意見を述べやすくなります。

「この意見に反対の方はいますか?」
「この施策を検証するために、反対の立場で意見を述べて下さい。」
「アイデアをブラッシュアップするために、欠点を洗い出しましょう。」

それでも、意見を述べない人は一定存在します。
この場合は、反論自体を仕組化する方法が考えられます。

反論の仕組の導入~デビルズアドボケイトとシックスハット法~

「デビルズアドボケイト」という方法があります。
これは「あえての反論」という意味で、仮に意見に賛成の立場であったとしても、議論の質を高めるために、あえて反対の立場に立って意見を述べるディスカッションの方法です。

かの大前研一師(がオリジナルでは無いでしょうが)より教わった方法です。
コンサルティング・ファームであるマッキンゼーでは、反論はコンサルタントの義務として扱われていました。
賛成の立場であってもデビルズアドボケイトにより議論が活性化されるのです。

このデビルズアドボケイトを役割としてはめてしまう方法がシックスハット法です。
シックスハット法とは、会議の参加者に6つの役割を与えて、意見を述べてもらう方法です。

  • [白] 客観的・中立的:データやファクトに基づき客観的に考える役割
  • [赤] 直感的・主観的:直感、本能、感覚的な立場の役割
  • [黒] 否定的・悲観的:ネガティブにロジックを構築、リスクや失敗可能性で考える役割
  • [黄] 肯定的・楽観的:ポジティブにロジックを構築、プラス思考や成功可能性で考える役割
  • [緑] 創造的・革新的:クリエイティブなアイデアフルな立場、代替案を模索する役割
  • [青] プロセス管理・俯瞰・統括:ファシリテーターとしての役割

シックスハット法を採用する上で、会議の参加者は6人である必要はありません。
白と黒の役割を一緒にしたり、赤や黄色の役割を一緒にすることができます。
議論の内容に応じて一部の役割ははずして、その時々の重要な役割のみを設定することも考えられます。
ファシリテーター以外の全員が同じ役割になる場合もあるでしょう。

このように、会議の前提として参加者に役割を与えてしまえば、どうしても意見を述べ辛い状況において、意見を述べることが仕事になり、発言を促すことができます。
また、役割として発言していれば、議論に勝ち負けがなくなります(熱くなると、相手を言い負かすことが目的化する人が出てくるので)。

なんとなく会議の出席者を選んで招集をかけているファシリテーターは多いと思いますが、意識的に誰にどんな役割を担ってもらうのか?を考えれば、会議の質は劇的に向上するでしょう。

反論のカルチャー化ができたら強い

そして、上記のような取り組みを続けると、だんだんと慣れてきて習慣化されてきます。
習慣化されて、役割として反論を述べる癖がつけば、しめたものです。

反論をカルチャー化できた組織は非常に強くなります。
議論の質が高まることにより、会社の意思決定の質があがるだけではありません。

メンバーが自分の頭で物事を考え行動できるようになってくるのです。
自走組織の強さは、企業経営を行っている人ならばよくご存じでしょう。

反論のカルチャー化は、会社を自走組織に変革することが可能なのです。

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マネジメント・リーダーシップ

「悪者探し」はほどほどに~責任追及より原因究明が大事~

何か事件や問題が発生すると、責任追及を行いたいという処罰感情が生まれるのが人の心です。
今も、新型コロナウイルスの影響で、一部大学に対する批判や、別の会社での感染デマなど、悪者探し、魔女狩りの様相を呈しています。
ここでは、責任追及と原因究明の両方が大事で、バランスが重要だよ、という話をしていきます。

忙しい人向けまとめ

  • 何か事件や問題が発生した時に行われるのが、責任追及と原因究明
  • 責任追及はネガティブなイメージがあるが、原因究明に役立ち、組織のモラルや規律維持に役立つ
  • 原因究明の方が比重としては大事で、再発防止につなげなければいけない
  • 責任追及と原因究明の間には矛盾が存在する
  • 責任追及に比重が傾くと、隠ぺいのリスクをはじめ原因究明の妨げになる
  • 原因究明につなげる責任追及のためには心のハードルを下げてあげる必要がある
  • ようは、責任追及と原因究明のどちらも大事で、バランスが重要

責任追及よりも原因究明がしたいし、現在進行形の話なら問題解決を優先したい

冒頭に書いた通り、先に結論を言うと、責任追及も大事だし、原因究明も大事で、ようはバランスの問題、となります。
まず、一般的な理解と、そこから原因究明、責任追及のそれぞれの重要性を解説します。

責任追及と原因究明の一般的な理解

ビジネスにおけるマネジメントの世界では「責任追及は無意味だ」という考えが基本になっています。
理由としてはシンプルで、あくまでも発生した事件や問題に対して、同じことが起きないよう、再発防止を行いたいからです。
また、発生した事件や問題が現在進行形の場合は、再発防止のための原因究明のための時間も惜しく、まずは問題の対処・解決を図りたいからです。

そのため、一定程度、仕事ができる人は、「責任追及は無意味だ」と考えます。
しかし、この理解は不十分で、あくまでも責任追及と原因究明とのバランスが大事で、比重を原因究明に偏らせるだけ、というのが正確な理解になります。

責任追及にこだわる人がいますが、それは論外なので、いったんこの場では話題にあげません。

原因究明の重要性

原因究明の重要性は言うまでもないでしょう。
発生した事件や問題の再発防止のため、既存施策の改善点の発見や、新しい対策の導入が必要になります。
また、原因と対策に関する情報やノウハウを組織内で共有することにより、同種の事件や問題の発生を防ぐことが望めるようになります。

責任追及の重要性

責任追及はネガティブなイメージがありますが、これも重要です。
重要な理由は次の4点になります。

  • 純粋に原因究明の一助になる
  • モラルの維持・向上
  • 組織不信の防止
  • 最悪の事態におけるリスクヘッジ

純粋に原因究明の一助になる

まず、責任追及が原因究明の助けになりうる、という点です。

責任追及は故意(わざと、意図的)なのか、過失(わかるはずなのに、不注意をした)なのかを明確にできるプロセスです。
この故意なのか過失なのかは、原因究明につながります。

ですので、責任追及自体が原因究明のプロセスの一つである、という点は理解した方が良いでしょう。

モラルの維持・向上

故意や過失に関して調べ、責任の所在が明確になることにより、組織としてのモラルを保つことにつながります。
つまり、適正な処罰が行われることにより、これが抑止力となって再発防止につながる要素にもなります。
過度な責任追及は組織を委縮させますが、免責が過ぎると、逆にモラルの低下にもつながります。

組織不信の防止

例えばですが、何か問題を起こした社員がいて、この方が免責された、不問だったとします。
この社員が社長のお気に入りだった場合、他の従業員から見たら「あいつは社長のお気に入りだから許されたんだ」と受け止められる可能性があります。

別の例を考えて、何か問題を起こした社員がいて、この方が周囲の人たちから好かれていない方だったとします。
この場合、問題を起こした社員の尻ぬぐいを周囲の人たちが行ったと受け止められ、組織内で処罰感情が生まれます。
この時に、問題を起こした社員が免責された、不問であったら、どのように受け止められるでしょうか?

どちらも、一定の処罰を行わないと組織不信につながりかねないのです。

最悪の事態におけるリスクヘッジ

加えて、最悪の事態が起きた場合、会社として従業員に対して損害賠償を請求し、組織としての責任を一部切り離すことにもつながります。

ようは、責任追及は組織統治における重要な機能であり、大事なのは責任追及と原因究明のバランス、さじ加減なのです。
そして、バランスが故に、この2つには悩ましい矛盾が存在します。

責任追及と原因究明の間に横たわる矛盾

もう一度確認すると、事件や問題が発生した際、一番やりたいのは再発防止、つまり原因究明です。
しかし、責任追及も行われないと何が起きるかというと、組織統治上の問題、モラルの低下や組織不信などが起きえます。

では、責任追及のための調査を行うと何が起きるでしょうか?
それは、再発防止のための原因追及の妨げになりうる可能性がある、ということです。
リソースの問題で、責任追及に重きが置かれると、原因究明の調査に抜け漏れが発生する可能性がありますが、重大な妨げは「隠ぺいのリスク」です。

隠ぺいのリスク

普通の人は、「自分のせいにはされたくない」という感情を持ちます。

責任追及をされると、必要な情報を提供しない、つまり黙秘であったり、ひどい時は責任逃れのために嘘の情報を話す可能性があります。
正直に、正確な情報を話してくれれば原因究明に多いに役立つはずの情報が得られない可能性があるのです。

心のハードルを下げてあげないと、正直に、正確には話をしてくれないのが人間です。
最終的に有効な再発防止につなげるためには、故意や重過失でなければ、それが責任の対象者であっても協力的ならば一定の優遇が必要でしょう。
(これがいわゆる「司法取引」というやつですね。)

ルール(就業規則)の考え方

具体的な処罰のルール(就業規則)の考え方を見てみます。

誰でも過ちはあるので、故意や重過失でなければ、初回は協力の度合いに応じて免責をするような設計が有効です。
就業規則内の罰則規定に関しても、そのポリシーを明記すると良いでしょう。
問題を繰り返した場合に処罰するフローを採用すれば、モラル低下や組織不信を防止することが可能になります。

まとめ

これまで見てきた通り、責任追及も原因究明のどちらも大事であり、あくまでバランスが重要です。

ここ最近を含めた過度な悪者探し、魔女狩りには全く意味がありません。
しかし、「責任追及は無意味だ。」という意見も視点が欠けており、正す必要があります。

状況やタイミングによって、どちらかに偏らざるをえないことはあるかとは思います。
そのような場面においても、責任追及と原因究明の目的や効果を意識し、混同しないようにしましょう。

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