「しない会社」であるワークマンは、社員のストレスになることはしない(残業しない、仕事の期限を設けない、ノルマと短期目標を設定しない)として、例年であれば30日の決算開示を行っていた所、今年(2020年)は1週間決算発表を遅らせました。
今回は、この「ワークマンが決算発表をあえて遅らせた理由」の記事を解説します。
ワークマンは決算発表を1週間遅らせた
とりあえず、記事の中身の流れですが、下記のようなものです。
- 無理な期限を設定すると、締切を守ることが目的化し、自身の保身やメンツのために、仕事の質を落としてやりとげたことにしてしまうケースが多い
- 例年であれば30日以内の開示を行っていた決算発表を1週間遅らせた
- 30日以内を達成しようとすると経理部員の負担が増え、残業続きになる
- 高額な報酬を払っている監査法人にも、厳格な決算数字や内部統制のチェックをしてもらいたい
- 株式市場からは批判されるかもしれないが、決算の早期化のために経理が疲弊し、監査法人の仕事の質も低下したら本末転倒だ
これ、決算業務の事情を知らなければ、ふむふむ、で終わってしまうので、深堀して解説します。
決算業務は文字通り戦場である
まず上場企業水準の決算業務なのですが、これを経験した事がある経理担当者はよくわかると思うのですが、文字通り地獄です。戦場です。
意外な位に軽視している方が多いのですが(ただの集計作業と思っている方が多い)、開示(上場企業が義務として行わなければいけないディスクローズ:情報開示)に耐えられるだけの決算業務を行おうとすると非常に高度な業務に変貌します。
まず会計ルール。
非常に多くある会計ルール(しかも会計ルールは毎年何かしら変わる)を正確に把握した上で、自社の状況に照らし合わせて、その会計ルールの適用の是非を判断する必要があり、また適用するならばどのように適用するのかを検討しなければいけません。
そして、この部分の検討過程等々は監査法人と議論の上で最終決定が行われるため、自社で適当に考えて実行すればOK、というものではありません。
次の業務の範囲。
少々、会計を知っている方だと「決算資料(損益計算書や貸借対照表等々)を集計するだけじゃ無いの?」と考えてしまうかもしれません。
まず、基本的な財務諸表は作成しなければいけません。
損益計算書と貸借対照表ですね。
そして、それに加えて株主資本等変動計算書、包括利益計算書、キャッシュ・フロー計算書といった財務諸表の作成が必要で、さらに加えてグループ企業の場合は連結決算を行う必要があります。
これらの業務は非常に高度で、会社により難易度は当然変わるものの、かなり知識が深く、しかも相当な年数の経験を積んだ経理担当者、通常は課長クラス、でないと担当できない場合が非常に多いです。
これだけでなく決算短信(45日以内)や株主総会の招集通知(株主総会の二週間前までに株主の手元に届いている必要)、有価証券報告書(3ヶ月以内)といった必須の開示資料を作成するには、様々な注記資料等を作成する必要があります。
(内部統制対応等々、他の業務もありますが、量が多いので省きます。)
最後に締切の問題。
決算短信は45日以内に開示する必要があるのですが、監査法人とのやり取りがある以上、30日頃にはある程度固まったドラフトが出来上がっている必要があります。
つまり、30日開示を行おうとすると、2週間程度で各種決算資料と開示資料ドラフトが出来上がっている必要があるのです。
これら3つの要因により、上場企業の経理の決算業務は尋常じゃない水準でハードワークになりがちです。
「決算の早期化はいいことだが、それで経理部員が体調を崩したり、監査法人がきちんと監査できなかったりしたら意味がない。本末転倒だ。」
本末転倒な監査対応が多い
決算業務で外せないのが監査対応です。
監査法人監査は、ようは”大枠”として決算資料(開示資料)が間違っていないよね、という事のお墨付きを与えるものです。
会計ルールと監査法人内の基準に則って、会社が作ってきた決算資料・開示資料をチェック(監査)し、ルール・基準から逸脱しているものに対しては会社側に修正を求める(エラーの指摘)、という事をします。
この際、会社側が素直に修正を受け入れる場合もあれば、反論し数字の適正性に関して主張する場合もあります。
後者の場合、内容の重大性が高い場合は、かなりヘビーな交渉ごとに発展します。
経理部長、場合によっては役員クラスも交えての交渉になり、準備対応等含めて、非常に負荷が増します(会社側、監査法人側双方)。
(この交渉は、公表予算とのつじつま合わせや社長等々から来るプレッシャーへの対応のため、数字を作りにいく場合に発生しやすい。数字をつくりにいくんですよ?無意味だと思いませんか?)
これらはまぁ適切な対応だとは思うのですが、最終的に会社側のロジックが通らなかった場合によくあるのが、重要性の範囲内で処理する、素直にエラーで処理する、という対応です。
この重要性ですが、修正内容の金額インパクトから考えて投資家の判断等を歪めないから、間違っていてもスルーする、というものです。
期日が迫った状態ですと、このような事が多々あり、交渉事ふくめて、非常に意味のない負荷が増します。
エラーでの処理とは、会社と監査法人の主張が相違した状態で平行線で、会社側主張で数字を出す、監査法人側も適正意見を出せない程のエラーでは無いので、経営者確認書(というものがある)でエラー内容の認識で終わらせる、というものです。
よくわからないと思うのですが、とりあえず形だけの監査を終えたので、会社側が主張する数字で出すよ、というものだと簡単にご理解ください。
本末転倒ですよね(経営者の中には、監査法人の意見はルールルールとうるさい戯言だ、と思っている人もいます)。
つまり、「短期間で監査を終えようとすると仕事の質が落ちる。高額な報酬を払っている監査法人には、厳格に決算数字や内部統制のチェックをしてもらいたい。」というスタンスを取れるのは、すごい事なのです(本質的には当たり前なんですが)。
「決算早期化という流れの中で勇気のいる決断だったが、経理部はストレスなく仕事ができたし、監査法人も余裕を持って入念にチェックしてくれた。」
決算発表を遅らせた所で株価等に影響は与えないしルール内開示を実施している
たまに勘違いしている経営者がいるのですが。
決算発表が早いと株式市場の評価があがり(株価があがる)、遅いと逆に評価がさがる(株価がさがる)、と思っている方がいらっしゃるのです。
そんなわけ無いですよね。
また、メンツを重視して、同業他社よりも早く出す、ということを重視する経営者もいます。
非常に無意味なのですが、現実問題として、そういう経営者がいらっしゃるのが事実なのです。
「そして意外にも決算発表を遅らせたことによる株価への影響もまったくなかった。」
後、ルール上(証券取引所のルール)は45日以内の開示を求められており、30日開示から1週間遅らせたとしても45日以内開示のルールは守っている点も指摘できます(これは記事中にも触れられていました)。
意思決定に最低限必要な情報は月次決算ベースで把握できているはず
後、ワークマンは小売りの会社であり、日次レベルで販売情報を取得できているであろう点も指摘できますね。
(POSデータで販売情報はタイムリーに取得できるはず。)
また、月次決算は毎月行っているのが一般的(上場企業ではほぼほぼ100%)であり、別に年次の決算を急いで締めなくても、経営判断に必要な情報は十分に取得できているはずなのです。
このような点もあり、本来30日開示だったものを1週間遅らせた、という話につながってくるのだと考えられます。
以上を踏まえると、ワークマンが「しない会社」というスタンスに従って決算発表を遅らせた、という事の受け止め方が変わってくるかと思います。
合理性が高い意思決定にもかかわらず、世の中的にあまり行われないんですよね。
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