DCFは使えない~バリュエーションにおけるDCF法の限界、デメリット~

IPO・バリュエーション

バリュエーションにおいてよく使われる手法として「マルチプル」が存在します。
もう一つ、よく語られるものとして「DCF法」が存在しますが、IPOバリュエーションにおいて利用される比率は少ないです。
なぜ、DCF法は使われないのでしょうか?
DCF法の限界、デメリットについて解説していきます。
最後にDCFが有用となる場面についてもあわせて解説しています。

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忙しい人向けまとめ

  • DCFは、将来キャッシュフローを元に企業の現在価値を算定する方法で、理論的には合理的
  • DCFは、非常に手間暇がかかるのと、前提が複雑かつ多すぎるので数字がぶれるため、あまり使われない
  • DCFは、「事後的な検証」や「バリュードライバーの検証と企業価値を高めるための目標設定」には有用
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DCFとは

「DCF(Discounted Cash Flow)法」とは、企業が生み出す将来のキャッシュフローを予測し、それをベースに企業・事業のリスクに応じて設定する割引率で現在価値を計算する(ディスカウントする)形で企業価値を求める方法です。
(以下、DCF法のことを単純に「DCF」と記載します。)
一方、よく使われる別の手法に「マルチプル」とは、企業の規模や株価などから、既に企業価値が分かっている他企業との比較により、企業価値を求める方法です。類似企業比較法とも言います。

学術的、つまり理論的には、DCFは非常によくできている方法で、MBAなどビジネス・スクールにおいても、ファイナンスの講義において必ずDCFは登場していきます。
中には、DCFこそが企業価値評価における唯一性の高い万能な手法であると考える人もいるくらいの方法です(実際にいる)。
実際に算定していて、複雑なシミュレーションを要することもあり、この手法を使うことそのものに喜びを感じてしまう人もいます(実際にいる、なんかかっこいいしね)。

しかしながら、設備投資におけるプロジェクト・ファイナンスのような、比較的キャッシュフローを読みやすい状況や、同業同種におけるM&Aの際のバリュエーションに算定などを除いて、現実的には使用が難しいと言えます。

(参考)企業価値評価の方法

  • ネットアセット・アプローチ : B/S純資産をもとに算出。簿価純資産法、時価純資産法がある。
  • マーケット・アプローチ : 類似企業の株価や過去の評価事例を参考に算出。市場株価法、類似企業比較法(マルチプル)がある。
  • インカム・アプローチ : 将来のCFやPLの現在価値などに基づいて算出。DCF法、収益還元法がある。
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なぜ、DCFは使えないのか?その限界、デメリット

では、学術的にDCFが支持されているし、実際に適用されている場面があるのに、なぜDCFは使えないのか?
その限界、デメリットについて解説していきます。

なお、先に補足を入れておくと、企業価値の算定自体が「未来予測である」点を指摘できるため、DCFに限らず、マルチプルも含め、絶対的な方法は存在しません。
人間の活動を将来にわたって予測しきることなど不可能な話ですので、当然に、この世に存在するありとあらゆる企業価値の算定の方法には、そもそもとして無理があります。
ですので、「DCFは現実的にバリュエーションに使えないよね」というスタンスに立ちながらも、その価値が一切ない、有用性0である、とは考えていません。

ただ、現実に、IPOにおけるバリュエーションではマイナーですし、各種ファンドでも「使ったことがない」という人が珍しくないのが現実です。

純粋に複雑なので手間暇がかかる

DCFは、将来キャッシュフローの算出と、現在価値を計算する上で必要となる割引率の算出が前提となります。
この将来キャッシュフローの算出にあたっては、事業計画をベースとするため、当然に事業計画を蓋然性の高い根拠でもって策定しなければなりません。
また、割引率の算出にあたっては、WACC(加重平均資本コスト)というものをベースとするため、もろもろのパラメータとなる各種資本コストなどを計算しなければなりません。
ここで登場するパラメータとして、時価ベース自己資本の価値、有利子負債の価値、税引前有利子負債資本コスト、実効税率、無リスク利子率、株式β値、株式市場全体資本コスト、といった変数が絡んできます。
更に、非上場企業の場合、投資リスクが上場企業よりも大きいであろうという理由で、「サイズプレミアム(小規模企業リスクプレミアム)」というものが加算されます。
非常に複雑で、もうわけがわかりません。

これだけの手間暇がかかるので、忙しい中、実務でどこまで使用できるでしょうか?
現実的に難しいと言えるでしょう。

変数が多いので数字がぶれる

次に、数字が大きくぶれる点があげられます。

上述の通り、事業計画をベースとする将来キャッシュフローと、多くの変数により成り立つ割引率によって計算されるため、各パラメータのおき方が及ぼす影響が非常に大きくなります。
また、DCFにおいて決定的に無理があるのが「ターミナルバリュー」です。

ターミナルバリューとは、事業が生み出す将来キャッシュフローの試算において、試算が現実的にできない期間以降について算出された永続価値のことです。
将来キャッシュフローが現実的に試算できない期間とは、例えば5年目以降とか、10年目以降です。

この計算においては「企業は永続して存続し、キャッシュフローを生み出し続ける」という前提があり、その前提でもって「永久成長率」を設定し、ターミナルバリューを計算することになります。
DCFでは、この永久成長率の数字によって、企業価値が非常に大きくぶれます。
そして、ターミナルバリューが企業価値の大半を占めるケースも散見されます。
つまり、多くのケースで、DCFで行ったバリュエーションは、マルチプルなどを利用したバリュエーションに比較して、高く企業価値が算定されてしまうのです。

確かに、企業が安定して成長し続けるのであれば、5年目以降とか、10年目以降の企業価値の方が、今目の前からその時点までの企業価値より高い場合も、それは当然にあるでしょう。
しかし、企業価値の大半が現時点では予測できない遠い未来の将来キャッシュフローで決まってしまう点に、純粋に疑問や違和感を持ってしまいます。

事業価値をベースとする将来キャッシュフロー、様々かつ複雑な変数により構成される割引率、企業が一定の割合で永久に成長し続けるという前提。
これによって起きる「企業価値の大半が現時点では予測できない遠い未来の将来キャッシュフローで決まってしまう」という現実。

これがDCFが決定的に使えない、限界がある、デメリットです。

確かにDCFは、理論的には正当であり、その「概念そのもの」は他の企業価値算定の手法に比較して合理性が高いと言えるでしょう。
しかし、現実問題として、上記であげた各種パラメータを正確に予測するのか?
これが誰にもわからないのです(どれだけDCF研究が進んだとしても、無理でしょう)。

DCFが有用な場面

これまで、DCFが使えない理由、その限界、デメリットについて解説していきました。
ここからは、ではDCFが有用となる場面について考えていきます。

まず、冒頭でも書いた、設備投資におけるプロジェクト・ファイナンスのような比較的キャッシュフローを読みやすい状況や、同業同種におけるM&Aの際のバリュエーションに算定などについては、比較的、精度高く未来予測ができるため、適用が十分にできます。

次に、考えられるのが「事後的な検証」です。
実際に事業を運営してみて時間が経過した時、すでに実績として出た各種パラメータを用いて、DCFで企業価値を算定してみるのです。
これにより、他の手法、例えばマルチプルで計算した結果の正当性や、逆に無理があった点を事後的に検証できます。
あくまでも事後の話にはなってしまうのですが、バリュエーションの精度をあげていく、という観点で考えれば、事後的な検証は有用と言えるでしょう。
(その意味で、DCFも計算しておいて、後々、その計算結果を検証することも有用かもしれません。リソースは奪われますが。)

また、企業価値をあげるための戦略立案に関しても有用と言えます。
長期間に渡り議論を重ねながら、企業における「バリュードライバー」は何か?「目標」をどのように設定していくか?を考えていくのです。
投資家は、ある単年度の利益に投資するのではなく、あくまでも将来に渡って得られる未来のキャッシュフロー、つまり「将来キャッシュフロー」に投資します。
このため、「将来キャッシュフロー」の設定や「永久成長率」の設定などの話は、企業価値を算定するためのものではなく、企業価値を実現していくための指標として捉えることができるのです。
資本主義の原理原則の観点で考えれば、DCFの「概念そのもの」は非常に合理性が高いのです。

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