適正なバリュエーションを考える上で重要なこと

IPO・バリュエーション

スタートアップ/ベンチャー企業が資金調達を行う上で避けて通れないのが「バリュエーション」です。
「高いバリュエーション」には分かりやすいメリットがある一方、デメリットもあり、このデメリットは顕在化した時に、想像以上に企業と経営者を苦しめます。
ここでは、適正なバリュエーションを考える上で重要なことを、多くの経営者が狙う「高いバリュエーション」の功罪の観点で解説していきます。

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バリュエーションを高くすることのメリット

わかりやすいメリットの1つが「ダイリューション」を抑えられること、併せて相対的に多くの資金を調達できることにあります。

ダイリューションとは、「希薄化」という意味で、新株を発行するなどして、発行済み株式総数が増加すると、相対的に一株当たりの価値が低下します。
スタートアップ/ベンチャーにおいて気にしなくてはいけないのが、外部からの出資が大きいと、創業者の持株比率が少なくなってしまう点です。
持株比率が減ってしまうと、株主総会における議決権の割合が低下するため、経営をコントロールできなくなる可能性があります。

(ただし、こちらの記事でも触れましたが、経営のコントロール権は、あくまでも実績で得るのが本質なはず、という点は留意していただきたいです。本稿では、あくまでも純粋なメリット・デメリットとしてダイリューションに関して話をしています。)

また、ダイリューションが過度におきると他にもいくつか障害が起きえます。
創業経営者の心理的なもの(モチベーション)に影響が出る場合もありますし、その点を懸念して新規の資金調達のハードルが上がる場合もあります。
(スタートアップ/ベンチャーが成功する要因の一つに、創業経営者の「やる気」もあるため、そこが削がれることを投資家は気にする。)
また、スタートアップ/ベンチャーの大きな登竜門である「IPO」への障害になる場合もあります。
資本政策の段階ですでにIPOが失敗していた、という話は決して珍しくはありません。

つまり、このダイリューションを抑えられることは、バリュエーションを高くすることのわかりやすいメリットと言えるのです。

他には、バリュエーションがあがっていくことは、その時のモメンタム(速度感、勢い感などをボヤっと表現した用語)があるため、周囲から「イケてる感」を受けやすくなり、それによって資金や人が集まりやすくなる傾向もあります。
つまり、モメンタムがあることで、事業が成功しやすくなる場合もあります。

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バリュエーションを高くすることのデメリット

デメリットとしては資本政策の硬直性が増すことにより、次の選択肢を狭めてしまう、もしくはハードルをあげてしまうことがあげられます。

まず、純粋に次の資金調達、「ラウンド」が難しくなります。
会社が常に右肩あがりに伸び続けているのならば良いのですが、そうそう都合よくは推移しないものです。
仮に事業そのものは順調に推移し、投資家の期待値を上回る、つまりバリュエーションを行う際においたマイルスストンをクリアし続けていったとしても、市況の変化、何かしらの不況によって自分たちのコントロール外の所でハードルがあがってしまうことも十分に考えられます。
そしてこれは、今現在のウイルス騒動により、多くのスタートアップ/ベンチャーが直面していることと思います。

資金が厳しい状況下においては、場合によってはフラットラウンドやダウンラウンドでもありがたい場合はありますが、既存の投資家がOKとしない場合や、新規の投資家が躊躇(遠慮とか諸々)して、そもそもラウンドに乗ってこない場合などは、決して珍しい話ではありません。
(議決権を3分の2以上グリップしていても、これまでリードインベスターを張ってくれた投資家が「ここで強硬するなら、二度と自分達はリードはやらない」なんて言われたら、現実的に強硬することを躊躇するのは創業経営者の立場として、おかしくない話です。「それなら新しいリードを探すだけ」というマッチョイムズも悪くはないですが。)

次にモメンタムの維持、より適切に表現すると期待値コントロールが難しくなります。
仮にバリュエーションがフラットラウンドやダウンラウンドとなった場合、これはわかりやすく周囲に対して「失速した」と受け止められます。
上述の通り、わかりやすく資金調達の難易度が高まるため、資金の面だけでも経営の局面は厳しくなります。
期待値を過度に高めることによって、様々な意思決定に現実的な制約や、心理的な制約がかかり、身動きがしづらくなってしまうこともあります。
また、これが資金調達などの話だけならば、まだ良いのですが(良くはない)、「失速」つまりモメンタムの毀損は、あらゆる所で負のスパイラルを生みます。

スタートアップ/ベンチャーは勢いがあるからこそ、ヒトモノカネが集まりやすいことは忘れてはいけないでしょう。
負のスパイラルに巻き込まれたスタートアップ/ベンチャーの惨状は、想像以上に厳しいものです。
落ち目の状況で待ち受けるのは、倒産か、最悪「リビングデッド」化することです。
なぜ、「リビングデッド」を最悪と表現したのか?

こちらの記事でも書きましたが、会社は、創業者と創業メンバーが「世の中に変革を起こしたい」からこそ創業したもので、つまりミッション・ビジョンが存在します。
「生存のため」だけに、経営の舵を切った結果として、これまで積み上げてきたものを失っては何が残るのでしょうか?
リビングデッド」と化した企業は、もはやスタートアップ/ベンチャーではなく、ただの中小企業です。
そのスタートアップ/ベンチャーとしての存在意義は失われたと考えた方が良いでしょう。
つまり、様々なネガティブサイクルに巻き込まれた場合、想像以上の悪影響をまき散らすのです。

最後に、イグジットへの悪影響にも触れておきます。
この場合のイグジットは株式を手放すこと(売却)による、会社の売却のことです。
高いバリュエーションは、上述の通り、投資家たちの期待値を高めてしまうため、創業経営者が、もういい加減会社を手放したい、と思っても都合よくことが運ばない状況が考えられるのです。

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バリュエーションに関してのバランス感覚

ここで改めてそもそもの話をしてしまうと、バリュエーションが高かった、低かった、という話は将来、蓋をあけてみてようやくわかるものです。
しかし、実際のバリュエーションの場面では、高いよね、低いよね、という感覚値的な話で語られます。
ですので絶対的な話では無いのは確かなのですが、このバリュエーションの話をする場面においては、最終的な決断をどうするかはともかく、「バランス感覚」は持った方が良いと考えます。

上述の通り、バリュエーションを高める事は、資本政策の硬直性を生み、次の選択肢を狭めるか、ハードルをあげてしまいます。
言い換えると、将来の自由と引き換えに、資金を得る、という意思決定で良いのか?(別に間違ってはいない)という話です。

フラットラウンドやダウンラウンドにより起きる負のスパイラルの影響は想像以上に厳しく、それが起きた場合に、これを乗り切る経営の胆力は相当なものになってしまいます(別の側面で言うと、これは一つのプラス効果とも言えるが)。
長期的な視点で考える上で、モメンタムの維持の重要性は考慮すべきでしょう。

スタートアップ/ベンチャー業界は、一見既成概念に囚われない世界と思いがちですが、保守的でセオリーに厳しいです。
バリュエーションを適正に保つことは、資本効率を高め、トラフィックを良くします。
無茶な調達にもならないので、ラウンドもスケジュール通りに運びやすく、社内がバタつくことも抑えられます。
マネジメントコストも低く保てます。
トータルとしてのバランス感覚を持ち合わせておくことは、長期的な成功確率を高めていくと考えます。

とは言え

ただ、これまでの話は、ラチェットなどの既存投資家を保護する条項をいれた優先株の契約でカバーができます。
一方、ダイリューションしてしまった場合、現実的にカバーすることは不可能です。
経営の意思決定は、ようはどんなリスクをとって、逆にどんなリスクをとらないのか?という話に落ち着きます。

ダウンラウンドによって発生する負のスパイラルは、極論、経営の胆力でなんとでもなります。
バリュエーションが高い低いの話は、つまるところ事業計画のおき方と、計画の達成度合いの話です。
これまでにない新しい何かを生み出そうとしているスタートアップ/ベンチャーが、常識的で蓋然性の高い考え方だけで、そのミッション・ビジョンを達成できるのでしょうか?

上述した通り、スタートアップ/ベンチャーが最も恐れるべきことは「リビングデッド」化(のはず)です。
(そしてこれは、「高いバリュエーション」によって起きやすくなるが、繰り返すが、極論、経営の胆力でなんとでもなる。)
バランス感覚は持ちつつも、やはり「高いバリュエーションを狙っていくこと」それ自体は一つの正義と言えるでしょう。

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